Achievement 2014
少年野球投手のための モーション・シンセサイザー
                                         目次へホーム



少年野球選手は肘の障害が多いです。
そこで、我々は肘の障害に着目し、
「肘への負担を減らしつつ、パフォーマンスを向上させるための投球動作」
を提案するシミュレーションシステムを開発しました。
このページでは、そのシステム開発について解説していきます。

開発経緯


これはある10歳の男の子の投球動作です。
下のボタンをクリックして一度ご覧になってください。

動画 ある少年の投球動作








もし、この少年が、
「球速を高めたい、コントロールもよくしたいし、さらに・・・」
「でも、肘への負担は減らして、ケガはしたくない」
と多くの注文をしてきたら、どのようにしたらよいでしょうか?

このように、現場でのニーズは
パフォーマンス系のニーズもあれば、障害系のニーズもあります 。
こうした多種多様なニーズを同時に満たす動作を考案し、
指導に生かす必要があります。
しかし、実際にはそれは非常に難しいことです。

そこで我々は
さまざまなニーズに複合的に応えられるシステムを開発したいと思いました。









また、現場でよくある意見ですが、
「体を開くな!」と口で言われてもよくわからない」
「指導のポイントをグラフで見せられてもよくわからない」
「自分のパソコンで3D動画としてみたいけど・・・」
このような意見をよく耳にします。


そこで、我々は
こうしたさまざまな意見に対して、選手が理解しやすいシステムを開発し、
イメージトレーニングに役立てたいと考えました。


今回我々は
「モーション・シンセサイザー」
という新しいシステムを開発しました。


このシステムでは、投球動作をモーションキャプチャーすることによって、
パフォーマンスや関節傷害を予測し、
関節傷害を防ぎつつパフォーマンスを高めていく動作を
コンピュータ上でシミュレーションすることができます。

モーション・シンセサイザーの特徴




モーション・シンセサイザーの一番の特徴は、
「さまざまなニーズに複合的に応えられること」にあります。

モーション・シンセサイザーでは、
仮想のスライドバーを動かすことによって、さまざまなニーズを設定していきます。
この操作は、ミュージック・シンセサイザーのスライドバーの操作に似ています
ミュージック・シンセサイザーでは、スライドバーを動かすことによって、
新しい「音」を作り出しますが、
モーション・シンセサイザーでは、スライドバーを動かすことによって、
新しい「動き」を作り出します。

そして、設定したニーズに最も近い投球動作をコンピュータ上で作成し、
求められた投球動作を3D動画として閲覧できます。
こうして、イメージトレーニングに役立てていきます。
注)(3D動画の閲覧にはビューワー(無料)が必要です。)

たとえば、「球速を高めたい」という場合は、
球速のスライドバーを右側に動かしていけば、
球速を高めるための動作をコンピュータ上に作り出せます。
逆に左側に動かしていけば、
球速が遅くなる動作を作り出すことができます。

「コントロールをよくしたい」というという場合は、
コントロールのスライドバーを右側に動かしていけば、
コントロールをよくするための動作をコンピュータ上に作り出せます。
逆に左側に動かしていけばコントロールが悪くなる動作を作り出すことができます。

少年野球選手の投球動作では、肘内側の靭帯障害を起こすことが多いですが、
肘内側の靭帯張力を減らす投球動作を求めたい場合には、
肘靭帯張力のスライドバーを右側に動かしていけばよく、
逆に左側に動かしていけば、
肘内側の靭帯張力を増大させる投球動作を作り出すことができます。

このシステムではこうしたさまざまなニーズに対して、複合的に応えていくことができます


開発方法@ : 肘の力学モデルの構築


システムを開発するにあたり、
まずは肘の力学モデルを構築しました。




野球の投球動作において、動作の加速期に内外反トルクが生じますが、
このときに生理的な肘関節は不安定になろうとするのを靭帯で制動しています。
しかし、その制動力が繰り返し生体の限界を超えてしまうと障害が生じます。
この現象を力学モデルで表していきます。

まずは以下のボタンを押して、従来の力学モデルをみてみましょう。

動画 従来

従来モデルでは肘は屈伸と回内外の2つの運動を行います。
ここでは不安定性がモデル化されていません。

そこで、この従来モデルに肘の不安定性を組み込んで新しいモデルをつくりました。
以下のボタンを押して、肘の内外反の不安定性をみてみましょう。

動画 内外反

次に、内外旋不安定性も組み込んでみました。
以下のボタンを押して、肘の内外旋の不安定性をご覧になってください。

動画 内外旋

このように新しいモデルでは、従来のモデルに内外反不安定性と内外旋不安定性を付加しました。
あたらしく開発したモデルにトルクを加えると肘関節はグラグラします。

次に、肘の内外側に靭帯をつけてみました。(内側 2本 外側1本)



新しいモデルの肘にトルクを与えてみますと、肘はややグラグラしますが、それを靭帯で制動しようとします。
肘の不安定性を靭帯で制動しているところを動画でみてみましょう。

動画 靭帯

最後に、全身の筋肉をつけました。
新しい筋骨格-靭帯モデルの完成です。



実験環境





今回の実験では、40個ほどの赤外線反射マーカーを被験者に貼付し、
12台のカメラ(Sampling:200Hz)とフォースプレートを使って、
モーション・キャプチャーしました。



今回の被験者は1名で10歳の男の子です。
小学4年生で投手をしています。
このとき、同時に球速の測定とコントロールの評価も行いました。



モーション・キャプチャーをして得られたマーカーの3次元座標データを
力学解析ソフトウェアのSIMMに入力し、
新しく開発した筋骨格モデルを使って、
肘の靭帯張力を推定しました。

この被験者には、合計40試技投げてもらい、そこで得られた
@ kinematics
A kinetics
B 球速・コントロールデータ
をすべて、データベースに登録しました。



ここで得られたデータは1球1球にばらつきがあります。
このばらつきを解析することで、
この選手にとって最適な動作をシミュレーション(シンセサイザー)していきます。

モーション・シンセサイザーの仕組み




モーション・シンセサイザーは
@ データベース
A 主成分分析
B 最適化手法
の3つから成り立っています。
ここが、モーションシンセサイザーの心臓部になります。



まず、データベースに主成分分析をかけていきます。
主成分分析をかけることにより、データベース内の情報を統計学的に分類し、投球動作パターンを客観的に抽出します。
(主成分分析の特性上、各動作パターンは互いに独立しています。)
そして、この動作パターンとパフォーマンスや障害との関係を相関係数で表します。




主成分分析で求められた各主成分は線形代数的に合成することができます。
ニーズを設定し、そのニーズに最も適合する主成分の組み合わせをコンピュータで計算します(最適化計算)。

最終的にコンピューター上で合成された動作を3D動画で閲覧することができます。
詳細な説明へ


シミュレーション例1 (パフォーマンス系のニーズ)





ここでは、ある少年野球投手を対象にして、
40試技の投球動作と球速とコントロールのデータを用いて、
パフォーマンス系のニーズに応えたいと思います。

球速を高めつつ、コントロールもよくしたい。
現場でよくあるニーズですが、
こうしたニーズを満たすためにはどのような投球動作にしていくとよいでしょうか?

注) このシミュレーションの結果は、この少年野球選手にデータを用いていますから、
   この選手に特化した結果が表示されます。
   普遍的にすべての少年野球選手に当てはまるわけではないので注意が必要です




このシステムでは、このようなスライドバーを用いて、ニーズの設定を行っていきます。
「球速を高めつつ、コントロールもよくしたい」
というニーズを満たす動作を求める場合には、
球速のスライドバーを右側(MAX側)に移動させ、
コントロールのスライドバーを右側(GOOD側)に移動させます。

逆に、「球速が減少しつつ、コントロールも悪くする」ためには、
球速のスライドバーを左側(MIN側)に移動させ、
コントロールのスライドバーを左側(BAD側)に移動させます。

ニーズの設定後、モーション・シンセサイザーで新しい動作を生成します。




画面左は、パフォーマンス(球速・コントロール)が落ちてしまう動作パターン、
画面右は、パフォーマンス(球速・コントロール)がよくなる動作パターンです。

下記の動画ボタンをクリックして、動画を見てください。

正面からの視点
動画 最良動画 最悪

横からの視点
動画 最良動画 最悪


それでは、この動作のポイントを静止画を用いて、説明します。




上の図は、フットコンタクト時の姿勢を示していますが、
着目すべき点は左下肢(踏み込み脚)の姿勢です。

画面左(パフォーマンスが下がる)と画面右(パフォーマンスが上がる)との違いがわかるでしょうか?

(ここでは姿勢の違いをあえて言葉では表現しません。言葉での表現は誤解を生むことが多いからです。視覚的に違いを感じとってください)

左下肢の姿勢も異なりますが、それに伴い体幹の回旋状況も異なるのがみえるでしょうか?

さて、フットコンタクト時の姿勢の違いが見えてきたかと思いますが、
フットコンタクト時にこういった姿勢にもっていくためには、
それより前のフェーズでどういう姿勢にもっていくことが必要でしょうか?

ここでは、ワインドアップ時の姿勢を紹介します。
選手に指導するときには、フットコンタクト時の姿勢を指導するより、ワインドアップ時の姿勢を指導するほうがはるかに容易になるからです。



上の図は、ワインドアップ時の姿勢を示していますが、
着目すべき点は右下肢(軸足)から体幹に至る姿勢です。

画面左(パフォーマンスが下がる)と画面右(パフォーマンスが上がる)との違いがわかるでしょうか?

(ここでは姿勢の違いをあえて言葉では表現しません。言葉での表現は誤解を生むことが多いからです。視覚的に違いを感じとってください)

このワインドアップの姿勢は、選手に指導しやすく、
この姿勢を変えることで、フットコンタクト時の姿勢やリリース時の姿勢にも変化を与え、
はたまた、球速やコントロールにも変化を与えることになります。

ここで示したシミュレーション結果は、
数千万個に及ぶ相関係数を解析して導いた結果であり、
この連鎖のことを我々は

「統計学的な運動連鎖」

と呼んでいます。

シミュレーション例2 (パフォーマンス+肘障害予防)





さきほどは、パフォーマンスに関する動作を示しましたが、
今度は肘の靭帯張力のデータを加えて、
パフォーマンス系+肘障害予防のニーズに応えたいと思います。

「球速を高めつつ、コントロールもよくしたい。」
というニーズに加えて、
肘の靭帯張力(内側側副靭帯)を低減させるためには、
どのような投球動作にしていくとよいでしょうか?

注) このシミュレーションの結果は、この少年野球選手にデータを用いていますから、
   この選手に特化した結果が表示されます。
   普遍的にすべての少年野球選手に当てはまるわけではないので注意が必要です




それでは、これまでと同様にスライドバーを用いて、ニーズの設定を行っていきます。
「球速を高めつつ、コントロールもよくしたい。さらに肘の靭帯張力も低減したい」
というニーズを満たす動作を求める場合には、
球速のスライドバーを右側(MAX側)に移動させ、
コントロールのスライドバーを右側(GOOD側)に移動させます。
そして、さらに
肘の靭帯張力(UCL)のスライドバーを右側(MIN側)に移動させます。

逆に、「球速が減少し、コントロールも悪くなり、さらに肘の靭帯張力も増大させる」
ためには、
球速のスライドバーを左側(MIN側)に移動させ、
コントロールのスライドバーを左側(BAD側)に移動させます。
そして、さらに
肘の靭帯張力(UCL)のスライドバーを左側(MAX側)に移動させます。

ニーズの設定後、モーション・シンセサイザーで新しい動作を生成します。

肘の靭帯張力バーを右側(MIN)に移動すると
肘の内側側副靭帯張力の経時データは、グラフの緑の線になります。
つまり、平均(黄色)よりも張力のピークと力積が小さくなります。

肘の靭帯張力バーを左側(MAX)に移動すると
肘の内側側副靭帯張力の経時データは、グラフの赤の線になります。
つまり、平均(黄色)よりも張力のピークと力積が大きくなります。



画面左は、すべてのニーズを満たさない動作パターン、
画面右は、すべてのニーズを満たす動作パターンです。

下記の動画ボタンをクリックして、動画を見てください。

正面からの視点
動画 最良動画 最悪

横からの視点
動画 最良動画 最悪


それでは、この動作のポイントを静止画を用いて、説明します。



上の図は、フットコンタクト時の姿勢を示していますが、
着目すべき点は体幹の捻りです。(左肩甲骨の見え方が違うと思います)

画面左(靭帯張力が増える)と画面右(靭帯張力が減る)との違いが見えるでしょうか?

(ここでは姿勢の違いをあえて言葉では表現しません。言葉での表現は誤解を生むことが多いからです。視覚的に違いを感じとってください)

さて、フットコンタクト時の姿勢の違いが見えてきたかと思いますが、
フットコンタクト時にこういった姿勢にもっていくためには、
それより前のフェーズでどういう姿勢にもっていくことが必要でしょうか?

ここでは、ワインドアップ時の姿勢を紹介します。
選手に指導するときは、フットコンタクト時の姿勢を指導するより、ワインドアップ時の姿勢を指導するほうがはるかに容易になるからです。



上の図は、ワインドアップ時の姿勢を表現しています。
さきほど、靭帯張力を低減させるためには、フットコンタクトで体幹を捻らなければならないと説明しました。
今回の図は、ワインドアップ時から体幹の捻りを準備しておく必要があることを示しています。



上の図は、ワインドアップの姿勢を横から見たものです。

画面左(靭帯張力が増える)と画面右(靭帯張力が減る)との違いが見えるでしょうか?

(ここでは姿勢の違いをあえて言葉では表現しません。言葉での表現は誤解を生むことが多いからです。視覚的に違いを感じとってください)

このワインドアップの姿勢は、選手に指導しやすく、
この姿勢を変えることで、フットコンタクト時の姿勢やリリース時の姿勢にも変化を与え、
はたまた、球速やコントロール、そして肘の靭帯張力にも変化を与えることになります。

ここで示したシミュレーション結果は、数千万個に及ぶ相関係数を解析して導いた結果であり、この連鎖のことを我々は

「統計学的な運動連鎖」

と呼んでいます

今後の展望



以上、 このページでは、肘の障害に着目し、
肘への負担を減らしつつ、パフォーマンスを向上させるための投球動作シミュレーション
について説明してきました。


今後の展望です。



これまでに、2つのシミュレーション例をお見せしましたが、モーション・シンセサイザーではこの他にもさまざまなシミュレーションを行うことができます。
モーション・シンセサイザーは新しい解析技術です。
いまのところはデータベースはまだそれほど大きくなく、いわばうまれたばかりの赤ちゃんです。しかし、ふつうの赤ちゃんと違うのは
「抜群の解析脳力」
を持っていることです。
つまり、高速で安定した解析が可能であり、その理論体系はほぼ確立しました。
今後は、さまざまな機関・業種の方々と協力してさまざまなデータを収集し、データベースを拡張していきたいと考えています。
そう、
この赤ちゃんにデータを食べさせれば食べさせるほど、このシステムは成長し、そこから得られる知見の普遍性と信頼性は自動的に向上するようになっています。




また、モーション・シンセサイザーはさまざまなスポーツ、そしてさまざまな関節障害で応用することができます。
今後、多くの競技に応用していきたいと考えています。


目次へ    ホーム