Achievement 2012
病変を防ぎつつ球速を高めるための 投球動作シミュレーション
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背景と目的





 現場でよくある質問ですが、
「先生、ぼくの投球フォームをこんな風に変えたら、肩は痛くならないでしょうか」
「しかも球も速くしたい」
 こうしたさまざまなニーズに対して診断と治療が両立できるシステムを開発したいと考えました。


 また、現場でよくある意見ですが、
「指導のポイントをグラフで見せられてもよくわからない。」
「自分のパソコンで3D動画としてみたいけど・・・」」
 こうしたさまざまな意見に対して、選手が理解しやすいシステムを開発したいと考えました。


 投球障害肩のメカニズムですが、
投球動作のコッキング期から加速期において、肩関節内ではインピンジメントと呼ばれる衝突の繰り返しが生じます。
 上腕骨頭と肩峰の間に腱板と滑液包が挟み込まれて衝突すると、その部分に病変ができてきます。
 上腕骨頭と関節窩の間に腱板と関節唇が挟み込まれて衝突すると、その部分に病変ができてきます。




 我々は48名の大学野球選手を対象に無症候期のMRIを用いたフィールド調査を行いました。すると、無症候期にもかかわらず、肩関節内にはさまざまな異常所見が形成されていました。
 また、この無症候期のMRIで、上腕骨頭病変や肩峰下滑液包病変を認めた選手はその後に発症しやすく、こうした病変は発症に対する危険因子と考えられました。
 それではどのような投球動作だとこうした病変が生じてくるのでしょうか?

目的と意義



 
 こうしたニーズと疑問に対して、我々は2011年に大学野球選手18名のデータベースを対象とした投球動作シミュレーションを構築しました。
 
 本研究の目的は
 解析方法は上記のシミュレーションと同じにして、データベースを大幅に拡張した新しいシミュレーションシステムを構築することとしました。

 目標としては
投球動作から病変と球速を予測し、この病変を防ぎつつ球速を高められるような投球動作を提案できるシステムを開発することです。

 特徴としては
 対象が社会人野球選手。
 MRIは高分解能MRIを使用して、関節唇病変も検出できるようにしました。

データベースの構築方法





対象は無症状の社会人野球投手11名です。
投球動作のmotion captureとMRIの両方を施行しました。
試技数は一人あたり30-40試技で、トータル358試技の投球動作を解析しました。
球種はすべてストレートです。



まず、各MRI所見を3段階に分類しました。
また今回は前回検出できなかった関節唇病変にも着目しました。




 投球動作データについては、用いた関節角度は計30自由度、解析区間はリリースを基準としてその前後1秒間としました。具体的にはリリース前800msecからリリース後200msecまでを時間正規化し、ここを100フレーム(10msec/フレーム)に分割しました。 
 すると、1試技あたりの投球動作には
 30(自由度)x100(フレーム)=3000(変数)
もの変数を認めることになります。
 総試技数は358試技ですから、トータル約107万個の情報を解析したことになります。

シミュレーションの構築方法



シミュレーションのレシピとして
必要な道具はExcelです。あとあれば便利なものとして、統計ソフトや3Dviewerが挙げられます。

必要な材料としてはデータべース
必要な知識としては、線形代数などの高校数学の知識に+αとして
主成分分析・回帰分析・最適化の知識があれば十分につくれます。


 解析のアウトラインを示します。
 まず、データベースの情報を主成分分析しまして、データベース内のパターン(主成分)を統計学的に分類し、数少ない変数に集約していきました。
 この主成分分析を行うと、各試技のデータを主成分得点という数値で表すことができるようになります。
 そして、データベースと主成分得点は主成分負荷量行列を介して、双方向性に計算できるようになります。



 すると、主成分得点をいろいろと操作することにより、簡単に新しいデータが作れるようになります。そして、そのときの投球動作における球速やMRI所見を予測することができるようになるのです。


 
 つぎにExcelのソルバー機能を用いて最適化計算を行っていきました。
コンピュータに主成分得点を片端から操作させて、目的関数が最大もしくは最小となる主成分得点を探索します。
 そして、求められた主成分得点を主成分負荷量行列を通して、投球動作・球速・障害データに変換します。

 
 目的関数は、現場のニーズに合わせてさまざまなものを作ることができます。
例えば、
球速を最大もしくは最小にする動作パターンを求めたい。
関節唇病変ができやすい(できにくい)動作パターンを求めたい。
上腕骨頭病変ができやすい(できにくい動作パターンを求めたい。
などなど・・・

また、いくつかの目的関数を組み合わせて1つの目的関数を作ることで、複合的なニーズににこたえることができます。

たとえば、
「関節唇病変を防ぎつつ、球速を高められる投球動作を求めたい」
場合は上記のような目的関数をつくり計算をしていきます。

 最適化計算にかかる時間は数秒から長くても数分くらいで終わります。
 

病変を防ぎつつ球速を最大にする投球動作





横からの視点
動画 最良動画 最悪
上からの視点
動画 最良動画 最悪
後ろからの視点
動画 最良動画 最悪

 最後に、関節唇病変を防ぎつつ球速を最大(最小)にする投球動作をコンピュータ上で探索した例を示します。
 右上は球速が最大になり、病変ができにくい動作です。
 左上は球速が最小になり、病変ができやすい動作です。
 上記の動画ボタンをクリックして、動画を見てください。



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