Achievement 2011
投球動作のシミュレーションシステム の開発
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背景と目的




 現場でよくある質問ですが、
「先生、ぼくの投球フォームをこんな風に変えたら、肩は痛くならないでしょうか」
 こうした質問に対して、医科学的に的確に答えることはできるでしょうか?
 こうした質問に対し診断と治療が両立できるシステムを開発したいと考えました。



 我々は48名の大学野球選手を対象に無症候期のMRIを用いたフィールド調査を行いました。すると、無症候期に上腕骨頭病変や肩峰下滑液包病変をMRIで認めた選手はその後に発症しやすく、こうした病変は発症に対する危険因子と考えられました。
 それではどのような投球動作だとこうした病変が生じてくるのでしょうか?

目的と意義


 本研究の目的は
 High performance & Minimum injury
をめざし、
投球動作から病変と球速を予測し、この病変を防ぎつつ球速を高められるような投球動作を提案できるシステムを開発することです。

シミュレーションの構築方法




対象は無症状の大学野球選手18名です。
投球動作のmotion captureとMRIの両方を施行しました。


まず、各MRI所見を4段階に分類しました。



 投球動作データについては、用いた関節角度は計26自由度、解析区間はfoot contactからball releaseまでを時間正規化し、101(0-100%)フレームに分割しました。
すると、被験者1人あたりの投球動作には
 26(自由度)x101(フレーム)=2626(変数)
もの変数を認めることになります。



 まず、関節角度データを主成分分析し、投球動作のパターン(主成分)を統計学的に探索しました。すると2626変数もある複雑な投球動作は17個の動作パターンで表わされることがわかりました(累積寄与率99.15%)。
 主成分分析をすることで、個々の投球動作を数値(主成分得点)で表すことができるようになります。そして、関節角度データと主成分得点は主成分負荷行列を介して数学的に1対1の関係にありますから、任意の投球動作(関節角度データ)から主成分得点を求めることもできますし、主成分得点を操作することで簡単に新しい投球動作を作り出すこともできます。この主成分分析の特徴を応用することでシミュレーションの根幹部を作り出すことができます。
 個々の選手の投球動作パターンと病変との関連性については、累積ロジスティック回帰分析を行い、個々の選手の投球動作パターンと球速との関連性については、重回帰分析を行い、それぞれにおいて病変と球速を予測する回帰式を算出しました。


ロジスティック回帰分析ではどの動作パターンがどのくらい病変に影響するかについてオッズ比を用いて定量化します。
オッズ比とは、独立変数(主成分得点)が従属変数(病変の有無)に対してどの程度影響を及ぼすかという影響の強さを表します。たとえば、オッズ比=5といった場合は、主成分得点が1点増えるごとに、病変の存在しやすさが5倍増加することを意味しています。このオッズ比が求められるとロジスティックモデルを用いた回帰式を算出することができます。
これによって、
「あなたの投球動作でこの病変が生じている確率は**%ですよ」
といった予測をすることができます。



重回帰分析ではどの動作パターンがどのくらい球速に影響するかについて偏回帰係数を用いて定量化します。
偏回帰係数とは、独立変数(主成分得点)が従属変数(球速)に対してどの程度影響を及ぼすかという影響の強さを表します。つまり、主成分得点が1点増えるごとに、球速がどのくらい増加するかを表します。この偏回帰係数が求められると重回帰式を算出することができます。
これによって、
「あなたの投球動作では**km/hの球速がでそうですよ。」」
といった予測をすることができます。



 回帰式の精度ですが、球速においては自由度調整済決定係数は0.972。
上腕骨頭病変において、その正診率は89%。
肩峰下滑液包病変において、その正診率は83%。
と高精度な予測が可能です。


 前述した回帰式を用いて、任意の投球動作から病変と球速を予測します。
病変を防ぎつつ球速を高められる投球動作を求めるために、数学的最適化手法を導入しました。このときの目的関数は球速得点を分子に病変得点を分母にした関数を最大にすることを考えました。この関数を最大にする主成分得点を求めることは、病変を防ぎつつ球速を高める投球動作を求めることと同義になります。

現場への応用





 まず、投球動作をmotion captureします。
全身の関節角度データをこのシステムに入力するとすぐに(数秒間で)
推定球速と投球肩のMRI上の病変Gradeの確率が予測できます。

この例では
左上の投球動作(本当は動画)では
Grade 2の上腕骨頭病変(赤↑のMRI像)が70%の確率で生じ、(正診率=89%)
その時の球速は135±3km/hの球速がでると推定されます(決定係数=0.972)。
その時の肩関節内の様子を3Dアニメーションで確認できます。

コンピューターシミュレーションの例




 このシステムではコンピュータシミュレーションを行うこともできます。
左上の投球動作は大学野球選手の平均の動作を表しています。
この動作ではGrade1の境界病変(赤↑のMRI像)が87%の確率でできます。
そこで、今度はパーソナルコンピュータ(PC)上で左上の平均の動作を変更し、
「より肘をさげ、より体幹を側屈するような投球動作」
を作ります。
この動作ではGrade3の骨軟骨欠損(赤↑のMRI像)が99%の確率でできると予測されます。
このように、パーソナルコンピュータ上で簡単に動作を変更することができ、その変更した動作での病変と球速を瞬時に予測することができます。
平均の投球動作と変更後の投球動作を動画で示します。以下のアイコンをクリックしてみてください。
動画 平均動作  動画 変更後  


病変を防ぎつつ球速を高められる投球動作を提案した例



 最後に、最適化手法を用いて、病変を防ぎつつ球速を高められる投球動作を提案した例を示します。
左上の動作は大学野球選手の平均の投球動作です。
本システムでは最適化手法を導入していますので、この平均の投球動作から病変を防ぎつつ球速を高められるような投球動作を瞬時に求めていくこともできます。
この例では、動作を変更後、
球速は11km/h増加し、病変はGrade1(境界病変)からGrade0(正常)に改善します。  

動画 平均動作 動画 変更後

結論




High performance & Minimum injuryをめざし、
投球動作から病変と球速を予測し、この病変を防ぎつつ球速を高められるような投球動作を提案できるシステムを開発した。

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