Achievement 2010
投球障害肩の発症予測システムの開発   〜ロジスティック回帰分析を用いて〜
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背景と目的


投球障害肩が発症すると選手は投げるたびに肩が痛くなり、思い切り投げられなくなります。チームも弱体化するため、選手にとってもスタッフにとってもつらい思いをすることになります。
現在日本では約15万人以上の選手が投球障害肩に苦しんでいると推測されています。



投球障害肩はいままで発症後の治療に重きを置かれていましたが、今後は発症前の予防が大切になってきます。
その主原因や予防手段もだんだんと解明され、普及してきました。
しかし、現場の声はこうです。
「勝ちたいからたくさん練習したいんだよね」といって投球制限など守ってくれません。
「予防エクササイズはつまらないし、めんどくさい」といって予防エクササイズの実施率も低いのが現状です。


アスリートの心理や本質は「勝ちたい」「うまくなりたい」といったことですが、こうしたものは大切にしていきたいと思います。そして、うまくなるための練習時間も十分に得られなければなりません。
しかし、アスリートには油断もあって、
「投球障害?まさか自分は大丈夫だろう」
といって痛くなってはじめて気づき、そして後悔する。
こんな選手が非常に多いです。
よって予防に最も大切なことは
発症する危険性の高い選手を上手に検出し、発症する危険性を気づかせてあげることだと思います。

目的と意義


本研究の目的は投球障害肩を発症する前に危険性を予測する方法を開発することです。
こうしたことがうまくいくと選手やスタッフにあらかじめ危険性を警告することができ、発症を予防するためのモチベーションが高まり、発症危険性の高い選手に早期に予防手段を講ずることが可能になります。


開発するもの



あたかも天気予報の降水確率のように、メディカルチェック所見から今後1年間の投球障害肩の発症確率を予測することを試みます。
選手に対して発症予測シートを作成し、これを選手一人一人に配布します。
推定発症確率とその表示の下にはレーダーチャートをのせ、選手の弱点がわかるようにします。
こうした発症予測シート用いて、選手に発症危険性を警告し、弱点(危険因子)を把握してもらい、テーラーメイドな予防策を早めにとることで発症を防止することを試みます。


これは公衆衛生学的にいえば、1次予防にあたります。
病気は進行すればするほど、有病期間(つまり痛い期間)が長くなり、練習時間は短くなり、パフォーマンスはさらに悪くなってしまいます。
なので、発症する前に危険因子をチェックし、あらかじめそれを取り除くことによって発症を予防しようとするのが1次予防です。

対象と方法



研究デザインは前向き研究です。
対象は無症状の大学野球選手69名です。
まず無症候期にメディカルチェックを行います。その後選手を経時的に観察し、どの選手が発症したかを調査します。
メディカルチェックと発症との関連性についてはロジスティック回帰分析を行い、危険因子のオッズ比と発症確率の回帰式を算出します。



ロジスティック回帰分析ではオッズ比と回帰式が算出されます。
オッズ比は独立変数が従属変数に対してどの程度影響を及ぼすかという影響の強さを表します。
オッズ比が高いということはその因子が発症によく影響する因子であることを意味します。こうした因子はメディカルチェックに有効であり、もし除去できれば予防できるということになります。
こうしたことがうまくいくとより精度の良いメディカルチェック法が開発されることになります。
また、ロジスティックモデルを用いて回帰式を算出すると
選手一人一人に対して今後の発症確率(危険性)を推定することが可能です。
つまり選手には以下のように伝えることになります。
「**さん、あなたが今後1年間で投球障害肩を発症する確率は・・・%ですよ」


本研究で用いたメディカルチェックの項目は以上のとおりですが、
のべ100以上の因子について多変量解析を行いました。


投球障害肩の発症に関しては上記のように定義しました。

結果 



この1年間で発症した選手は52%(36/69例)でした。
発症に有意に関連した因子とそのオッズ比は
ポジションが投捕手(19.7)
投球障害肩の既往歴(6.7)
肩甲上腕リズムの異常(2.8)
踵臀距離(1.3)
でした。

このことから、メディカルチェックでは上記のような所見を問診と理学所見で取得することが発症を予測するのに重要です。
特に肩甲上腕リズムの異常や踵臀距離についてはストレッチやエクササイズで是正可能であるため、異常がある場合は早期に是正しておけば、発症確率を減らすことができます。


上記のオッズ比を用いて、近未来の投球障害肩の発症確率を求める回帰式は以上のような数式になりました。
この回帰式にメディカルチェックの所見を入力すると今後1年間の投球障害肩の発症確率を予測することが可能です。
推定発症確率が50%以上を発症あり、50%未満を発症しないと予測した場合、分割表を用いてその的中精度を評価すると、的中率は82.5%でした。



この回帰式を現場へ応用していくために、エクセルを用いました。
エクセルに回帰式を組み込みます。
するとあとは各人のメディカルチェックの情報を入力するだけで、自動計算されて発症予測シートが完成します。
なので計算にはほとんど手間はありませんでした。。


今後の展望



今後はより精度を上げ、より普遍的な回帰式を生みだしたいと思っています。
そのためには経時的なデータ集積が必要です。
新チームが発足したらすぐにメディカルチェックを行います。
メディカルチェックを行い、回帰式を用いると発症確率を推定することが可能です。
ここで選手に発症危険性を警告します。
すると選手の予防意識は向上します。
つぎにレーダーチャートを用いて、その選手の弱点を把握してもらいます。
すると予防意識が高まった状態で、予防エクササイズができます。
発症調査は常に続けていきます。すると本当に有病率が低下したかどうかを確認することができます。
チームの終わりにはメディカルチェックの情報と発症調査の情報を再度ロジスティック回帰分析します。
そしてこの結果は次のチームに生きることになります。



より精度を上げ、普遍的にしていく方法に空間的データ集積という方法もあります。
今回は大学野球チームのデータを用いましたが、たとえば高校生のデーター、中学生のデータ・・・・とさまざまなチームのデータを集積して分析するシステムを構築します。
すると普遍的な発症予測シートや予防方法を提示することが可能になります。
こうしたことをインターネットを活用したシステム構築することにより、有病率の低下は空間的に広がり、全国レベルの障害予防に発達していく可能性があります。


最後に・・・
本手法は投球障害肩のみならず、他のスポーツ障害でも応用可能であり、汎用性が高い手法だと考えられます。

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