投球障害肩のメカニズムとして投球動作のコッキング期から加速期にかけて、肩峰下インピンジメントや関節内インピンジメントが生じることが知られていいます。そして、その背景には肩関節の微小不安定性がが存在すると考えられています。
我々は2010年に、大学野球選手には無症候期にも関わらず、MRI上、上腕骨頭に多彩な異常所見を認めていることを報告しました。また、こうした無症候期にMRI検査をした選手を前向きに追跡調査したところ、上腕骨頭にMRI上の異常所見を認めた選手は認めなかった選手と比較して20倍も発症しやすいかったことを報告しました。
一方、一般的なバイオメカニクスの解析では、motion-captureしたデータを剛体リンクモデルに置き換え、逆動力学解析を行い、関節トルクなどを算出します。このとき、肩関節のモデルはball-socket joint(3自由度)といって、あたかもロボットアームやモータのようにモデル化されていることが多いです。
しかし、医学的な障害メカニズムはインピンジメントや微小不安定性と考えられていますから、この一般的なバイオメカニクスのモデルで、投球障害肩を表現することは非常に難しいと思います。
そこで、我々は従来のモデルを改良(並進3自由度を追加)して、新しいball-Dish joint(6自由度)となる新しいモデルを開発することとしました。
この新しいモデルでは微小不安定性を表現でき、接触力を推定することによってインピンジメントも表現することができます。
この推定した接触力と障害データとの妥当性を検討することが本研究の目的です。
こうしたことがうまくいきますと、昨年開発したシミュレーション技術を用いて、
「インピンジメントを低減できる投球動作を動画で提案」
ということができるようになります。
対象は無症状の大学野球選手18名です。
投球動作のmotion captureとMRIの両方を施行しました。
モデルの変更点ですが、
我々は筋骨格モデル(SIMM Nac社)を用いています。これによって、モーターという考え方はなくなり、より人間に近づいたモデルとなります。
そして、上述したBall-Dish joint(6自由度)を用いて、接触力を推定するためのsurfaceを肩峰下面と関節窩面の両方に設置しました。
しかし、この状態で投球動作をさせますと肩関節は容易に脱臼してしまうため、さらに関節上腕靱帯と関節包(拘束関数)を設定しました。
上記のモデルにmotion-captureデータを組み込み、動力学解析を行っていきました。 以下はそのときの算出項目です。
@ 接触力の大きさ (赤:関節窩面 緑:肩峰下面)
A 接触力の力の作用点 (赤:関節窩面 緑:肩峰下面)
そして、推定した接触力について、障害データと合致するか検証してみました。
障害データですが、投球時痛の生じるフェーズについては、フィールド調査を行ったデータを用いました。また異常所見の生じた部位についてはMRI検査のデータを用いました。
最後に、接触力の大きさと上腕骨頭病変との関係を求めるために、ロジスティック回帰分析を行い、投球動作中の接触力から上腕骨頭病変の存在確率を求める回帰式を算出しました。
投球動作中は以下の4つのクリティカルポイントを認めました。
@ アーリーコッキング
A レイトコッキング
B 加速期
C リリース
その時の肩関節内の接触力の推移を動画でみることができます。上記の動画ボタンをクリックしてください。
上記のクリティカルポイントで最も危険だったポイントはレイトコッキングフェーズで、このとき上腕骨頭の大結節と関節窩の後上方部が強く接触していました。
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ここでは、推定した接触力と障害データの妥当性の評価を行います。
まず、フィールド調査(左上)において、投球時痛を認めた選手の26%はアーリーコッキングフェースに痛みを認めました。
このとき、肩関節内では肩峰下インピンジメントが生じて、肩峰-腱板-滑液包-上腕骨頭に病変が生じる(左下)と考えられていますが、
我々の推定結果でも、アーリーコッキングフェーズにおいて、肩峰の前外側部と上腕骨頭の大結節部が接触し、軽度接触力が生じました。
つぎに、レイトコッキングフェーズです。最もクリティカルなフェーズです。
まず、フィールド調査(左上)において、投球時痛を認めた選手の71%はレイトコッキングフェースに痛みを認めました。
このとき、肩関節内では関節内インピンジメントが生じて、関節窩-関節唇-腱板-上腕骨頭に病変が生じる(左下)と考えられていますが、
我々の推定結果でも、レイトコッキングフェーズにおいて、関節窩の後上方部と上腕骨頭の大結節部が接触し、強い接触力が生じました。
つぎに、加速期です。2番目にクリティカルなフェーズです。
このときも、肩関節内では関節内インピンジメントが生じて、関節窩-関節唇-腱板-上腕骨頭に病変が生じる(左下)と考えられていますが、
我々の推定結果でも、加速期において、関節窩の中央やや前よりと上腕骨頭の大結節部が接触し、強い接触力が生じました。
最後に、ボールリリースです。
フィールド調査(左上)において、投球時痛を認めた選手の3%はリリース時に痛みを認めました。
このとき、肩関節内ではどこが衝突しているのかはいまだによくわかっておりませんが
我々の推定結果では、リリース時において、肩峰の中央部と上腕骨頭の大結節部が短時間に接触していました。
以上より、本研究による投球動作中の接触力の推定結果は、いままで報告されてきた投球障害肩の医学的所見と多くの点で合致します。
つまり、本研究の妥当性はかなり高いと思われます。
ロジスティック回帰分析を行うと、投球動作中に上腕骨頭病変にはたらく力積が大きくなればなるほど、有意に上腕骨頭病変は生じやすいという結果になりました(p<0.05)。
そのときの回帰式は上述の通りです。
投球動作をmotion-captureして、我々の開発したモデルを用いて上腕骨頭にはたらく接触力の大きさを求めて、上記の回帰式にそれを代入すれば、上腕骨頭病変の存在確率を求めることができます。
つまり、投球動作から病変を予測することができるわけです。
この回帰式の適合率は78%と高精度なものでした。
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最後に、主成分分析と最適化手法を用いて、球速を落とさずにインピンジメントを防ぐ投球動作をコンピュータ上で探索した例を示します。
右上はインピンジメントを最大にしたとき動作で、最も病変ができやすく、発症しやすくなる投球動作です。
左上はインピンジメントを最小にしたとき動作で、最も病変ができにくく、発症しにくくなる投球動作です。
上記の動画ボタンをクリックして、動画を見てください。
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