Achievement 2010
投球障害肩の力学モデルの開発 〜投球動作から病変を予測する〜
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背景と目的


予防に最も大切なことはなにか?
私は正確な予測が最も大切だと思います。
どんなによい予防方法が開発されたとしても選手の予防意識が向上していないとそれは無意味なものになってしまいます。
選手の予防意識を向上させるためには正確な予測が必要になってきます。
しかし、正確に予測することは最も大切だと思いますが、最も難しいとも思います。

投球障害肩における予測とはなにか?
それは投球フォームや理学所見といった目に見えるものから、肩の内部や近未来の発症といった目に見えないものを予測することだと思います。
本研究では投球フォームといった目に見えるものから、肩の内部という目に見えないものを予測することを試みました。
それでは、数多くある投球障害肩の病変の中でどの病変を防止することが最も発症を防ぐことにつながるのでしょうか?



我々は無症候期のMRI所見を発症に対して前向きに研究したところ、上腕骨頭病変が発症に対するリスクファクターであることが明らかになりました。
つまり、無症候期に上腕骨頭病変がある人はない人と比べ20倍発症しやすいことがわかりました。
この上腕骨頭病変はインターナルインピンジメントによって生じると考えられていますからこうした病変やメカニズムを改善するような投球フォームが予防につながると考えられます。


目的と意義


まず、動力学解析と有限要素法解析を組み合わせて、投球動作中の力学的パラメーターを算出します。
本研究の目的はこの力学的パラメーターとMRI所見(上腕骨頭病変)との関連性を見出し、投球動作から算出される力学的パラメーターから上腕骨頭病変の存在確率を予測することです。


仮説の設定と解析のアウトライン



解析のアウトラインを上図に示します。
着目すべき病変は上腕骨頭病変とします。なぜならこれが近未来の発症に最も影響する病変だからです。
投球動作からまずさまざまな力学的パラメーターを算出します。しかしこの段階ではどの力学的パラメーターがこの上腕骨頭病変の危険因子となるかはわかりません。
なので危険因子となりそうな力学的パラメーターを推測します。
あとはこの力学的パラメーターと上腕骨頭病変の有無との関連性について、ロジスティック回帰分析を行いオッズ比と回帰式を算出します。
こうしたことがうまくいくと、上腕骨頭病変の力学上の危険因子が解明され、その危険因子を用いて病変の予測を行うことが可能になります。
選手には、「あなたの投球フォームで上腕骨頭病変が生じている確率は***%ですよ」
と伝えることができるようになります。



本研究ではこの上腕骨頭病変に着目し、、
「肩甲上腕関節にはたらく求心方向の力に対して、せん断方向の力が大きくなること」
がこの力学上の危険因子となるのではないかと推測し、これを証明していくこととしました。
この危険因子を数式で表すと上記のような肩の関節間力比となります。
つまり、本研究では肩の関節間力比が大きくなるときに、上腕骨頭病変が存在しやすくなることを証明すればよいことになります。

対象と方法



対象は無症状の大学野球選手18名です。
投球動作のmotion captureとMRIの両方を施行しました。



まず筋骨格モデル(SIMM nac)を用いて動力学解析を行い、投球動作中の肩の関節間力を求めました。
肩の関節間力とは上腕骨セグメントが肩甲骨セグメントから受ける力と定義しています

動画 関節間力1  動画 関節間力2 動画 関節間力3

肩の関節間力を算出した後、それを3軸方向(求心方向とせん断方向)に分解しました。



次に上腕骨頭病変の有無によって2群にわけ、それぞれにおいて肩の関節間力比の平均と標準偏差を求めました。


次に肩の関節間力比がどれほど病変に影響するかを定量的に求めるため、独立変数を肩の関節間力比の時間積分値(積分区間は加速相)とし、従属変数は上腕骨頭病変の有無としてロジスティック回帰分析を行いました。



ロジスティック回帰分析ではオッズ比と回帰式が求まります。
オッズ比は肩関節間力比が上腕骨頭病変に対してどれほど影響を及ぼすかという影響の強さを表します。
つまり、肩関節間力比が10%増えた時に病変の存在確率が何倍になるかを示します。
肩関節間力比とロジスティックモデルを用いて回帰式を算出すると各人の病変の存在確率を予測することが可能です。

結果 




このグラフはfoot contactからボールリリースまでの肩の関節間力比の平均と標準偏差をプロットしたものです。
最大外旋時(MER)を越えたあたりから、病変あり群は病変なし群に比べ、有意に肩の関節間力比が高くなっていきます。
つまり、病変あり群では肩の関節間力のせん断成分が求心成分に対して非常に大きくなりました。




この肩の関節間力比のオッズ比は1.8でした。つまり、加速相における肩の関節間力比の時間積分値が10%upするごとに上腕骨頭病変の存在確率は1.8倍ずつ増加することが分かりました。


肩関節間力比の時間積分値を用いた回帰式を算出すると以上のような数式となりました。
この回帰式を用いて、すべての選手の病変存在確率を算出し、50%以上を病変あり、50%未満を病変なしと定義しました。
実際のMRI所見の有無と上記の回帰式による予測を合わせた分割表を作成したところ、この回帰式の診断精度は
感度75% 特異度80% 的中精度78%
でした。
ちなみにすべての選手の散布図とロジスティックモデルの関係は以下のようになります。


結論




もしある選手が投球動作分析して、今回開発した回帰式を用いると、


というように選手に伝えることができ、早期に予防手段をとることができるようになります


動画 関節挙動1動画 関節挙動2動画 関節挙動3動画 関節挙動4


補足



今回の病変予測システムでは視覚的に病変を提示することもできます。
投球動作から肩関節間力を算出し、それを今回開発した応力解析システムに入力すると下記のように病変分布を提示することも可能です。


動画 FEM1 動画 FEM2 動画 FEM3

肩関節間力のデータを下に記載します。










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